2019年11月7日

マンガ・アニメ部門スペシャル事業  国際マンガ・アニメ祭 Reiwa Toshima(IMART)について



11月15日(金)〜17日(日)、マンガ・アニメの未来をテーマにした国際フェスティバル『国際マンガ・アニメ祭 Reiwa Toshima(略称 IMART(アイマート))』が開催されます。マンガ・アニメ業界の最先端で活躍する方々をパネリストや講師として迎え、それぞれの知見を共有することが、今なぜ必要なのか? またマンガ・アニメ業界では、今どんな変化が起きているのか? マンガ・アニメ部門の事業ディレクターである土居伸彰さんにお話を伺いました。


—土居さんは山内康裕さんと共にマンガ・アニメ部門の事業ディレクターをされていますが、これまで行われた事業について参加者の方からは、どのような反応がありましたか?

土居伸彰(以下、土居)一般の参加者の方からの声が一番届きやすかったのが、豊島区内に出張した「としマンガ としアニメ キャラバン」で。これはマンガとアニメーションの根本を理解してもらうことをテーマにしていて、マンガだったら4コママンガを、アニメーションだったらアニメーションの原点といわれるソーマトロープと「驚き盤」という視覚おもちゃをつくるワークショップを行ったのですが、今はマンガや動画が当たり前に存在しているからこそ参加者のお子さんに「こういうふうに出来上がっているんだ」と新鮮な発見をしてもらえることもありましたし、逆に僕たちが想定していたよりもお子さんたちがマンガを描くことやアニメーションをつくれることへの驚きもありました。

マンガ・アニメ部門の総合ディレクターの古川タクさんが過去に「驚き盤」のワークショップを行ったときは、小学校高学年くらいの年齢でないと何をしたらいいのか理解してもらえなかったそうなのですが、今回は3〜4歳くらいのお子さんでもつくることができていて。この様子には古川さんも「アニメーションへのリテラシーが、ものすごく上がっているんだね」と驚かれていました。

—今のお子さんにとって、いかにマンガやアニメが身近なものか実感させられますね。土居さんは新千歳空港国際アニメーション映画祭のディレクターや、インディペンデント・アニメーション作家の研究などもされていますが、アニメーションに興味をもったきっかけは何だったのでしょう?

土居  もともとは大学でロシア文学を学ぼうと、ロシア語の授業を取っていて。その中でユーリー・ノルシュテインというロシアのアニメーション作家の『話の話』という作品を見せてもらったのですが、自分がそれまでアニメーションに抱いていたものとはまったく違うものを見てしまったという衝撃を受けました。観ることを想定していなかったなにかを見せられたというか…

それまでアニメーションに対しては、物事を単純化するというか、ある種“都合のよい物語を語るメディア”というイメージを抱いていたのですが、ノルシュテインのような個人制作に近い規模で作られるアニメーション作品は、作家本人の世界観がものすごくダイレクトに出るメディアだということを知ったんです。同時に、アニメーションを通じて新しい世界の見方を知れることに気づかされて。こういった出会いをくれる短編アニメーションというものにすごく興味を持ち、大学院でノルシュテインについて研究することにしました。それと並行して上映会を開催したり、ブログで評論を書いたりすることを少しずつ始めて。大学院での研究が一段落ついたこともあり(フィルムアート社から『個人的なハーモニー ノルシュテインと現代アニメーション論』として出版しました)、自分で会社を設立してアニメーション作品を配給したり、映画祭をやったりする流れになりました。最近ではプロデュースも始めています。

—ノルシュテイン作品と出会ったのは、いつ頃だったのでしょうか?

土居  2000か2001年ですね。僕が研究や評論を始めた2000年代は、個人作家たちの作品が、今では完全に古びてしまった“アートアニメーション”という言葉でくくられていた時代です。商業的な作品とのあいだに明確な線引きがされていた。“個人対集団”、“芸術対商業”みたいな感じで語られていました。でも2010年代に入ってきて、だんだん「ちょっと違うかも?」というような状況になってきました。

たとえば、個人作家的なスタイルで多くの長編作品がつくられるようになった。しかも僕の会社ニューディアーで配給している作品は、かなり小規模で作られていますが、『父を探して』などアカデミー賞にノミネートされたりする。2000年代にYouTubeが登場することで、短編アニメーションを観るための裾野が広がったのも大きかった。短い映像を観る・作るということがそれまでは特殊な上映会や映画祭に行ったりDVDを買わないと難しかったのに、ある意味で「民主化」されて、長編やTVシリーズなどと並んで短編も観るという視聴環境で育った作家たちの世代が現れた。それに伴い、ちゃんとマーケット面に乗っかる可能性を持ちつつ、それでいてエッジも効いているインディペンデント作品がでてきたり。それまで小さなアンダーグラウンド・レベルでしか活動できなかった人たちが、もっと大きなレベルにリーチするケースが生まれたりもしてきて。

この2010年代にガラッと変わった現在のマンガ・アニメの状況をリアルタイムで伝えるものとして、マンガ・アニメ部門のスペシャル事業である『マンガ・アニメ3.0』や『国際マンガ・アニメ祭 Reiwa Toshima(以下、IMART)』といったプロジェクトがあると僕は思っていて。マンガ・アニメにおける現状をマッピングしてきちんと伝え、「今こういう変化があるんだったら、今後どうしようか?」ということを考える場としたいなと。

—文学における文学史のように、マンガ・アニメの歴史や現状を系統立てて解説できる研究家はまだ少ないのでしょうか?

土居  文学などに比べると、アカデミックに研究している人たちの数はまだまだ少ないと言えます。マンガやアニメを「語る」というのは、とても大事なことなのですよ。歴史的な事実だけではなく、そういった出来事がどういう意味を持っているのか、持っていたのかということを伝えるものなので。それがなければ、考えを深めていくことが難しくなりますし、過去からの連続性で今を捉える視点を持たないと、ちゃんと未来を作っていくのは難しい。そういう問題意識もあり、『マンガ・アニメ3.0』ではアニメ・特撮研究家の氷川竜介さんや、朝日新聞の記者としてアニメの記事を書きつづけている小原篤さんへのインタビュー記事を掲載しているのですが、これはマンガ・アニメの歴史を“語り部”として伝える人たちにフォーカスを当てたかったというのがあって。「現場」にいて、そのうえで歴史的な視野を持てる人たちの証言というのはとても大事です。僕自身の活動も他にあまりフォローしている人がいない分野なので、最近は積極的に“語り部”であろうとしている部分もあります。

ただ、マンガやアニメについて「語る」ことは、評論家や研究者だけしかやっちゃいけないものではない。いろいろな分野に歴史があり、それと葛藤しながら、今までなかったような新しい道を切り開こうとしている人たちはたくさんいる。そういった人たちの見識は、その分野に直接的に関わっていない人たちにとっても刺激になったりするものです。ある意味でいうと、これまでは専門家の専門知識にとどまっていたものが、もう少し広く開かれていっても良い時期なのではないか。「研究」というのを、狭義の意味で捉える必要はないわけです。狭義の研究も、様々な分野の知見をきちんと反映したものになる必要があると言える。僕はアカデミズムからビジネスの世界に入ってきたわけですが、ジャンルを横断すると、一気に視界が開けるところがあるんです。こういう仕組みになっていたのか…という新鮮な驚きの連続。

それが、今回『IMART』というカンファレンスをベースとしたフェスティバルを行う理由にもつながっていきます。さまざまな分野で解決すべき状況や、見識をまとめ直しておかないとならない状況というものがたくさんある——とりわけ今はアニメ業界もマンガ業界も激震の時期にあって、デジタルテクノロジーによって制作も売り方も広げ方も作品の性質も大きく変化をとげている。それぞれの分野において、過去の知見だけでは解決できない、「どうしたらいいのやら…」という状況になっている。ある意味でいうと、「考えがいのある」「工夫しがいのある」状況になっている。そこで、「それぞれの分野において、何が起きているのかをまず知ってみよう」「そこで新たな道を開きつつある人たちにとにかく集まってもらおう」という場をつくることが大事なのではないかと思ったんですね。かなり高度な実践的「学び」の場です。

それぞれの分野の現場の第一線で活躍している人たちが、今回集まってくれます。そういった人たちがどういうような想いで、どういうような考えによって活動しているのかを共有することは、ある意味でいうとそれぞれ分野の歴史を背負っているし、次の未来というものも示している。東アジア文化都市2019豊島という、文化の観点でマンガ・アニメをとらえる仕組みがある枠組みだからこそ、ちょっと遠い未来を見据えたカンファレンスを行うことが重要なのではないかと考えたんです。

—『IMART』ではどういった内容のことが話し合われるのでしょうか?

土居  個人的には、広い意味での「エコノミー」がテーマになってると思っています。ビジネスのスキームそのものの変化を取り上げるものもあれば、個人作家がどういう創作と生活を組み立てていくのか、というものもある。今は作品をつくるクリエイティブな面と、それを実現可能にする経済的な面の両方について、きちんと考える必要がある時代になってきている。「どちらか」だけだと厳しい。あと今回の東アジア文化都市2019豊島は公の事業です。マンガ・アニメにおいて、公と民間がどう協力しあっていけるのかということももう一度考えたい。ビジネスに詳しい人が官庁のロジックというものをキッチリ知っておくことによって問題が解決できたりする可能性もある。ヨーロッパのモデルをいちどきちんと理解しておいたほうがいいとも思います。文化と産業の振興が一体となっている。映画祭もいまでは芸術性のためのものだけではない。産業をなめらかにするための役割を果たしてもいる。ヨーロッパにはアニメーション映画祭が本当にたくさんあるのですが、お金の仕組みを見ると、自治体が文化と産業の両方の振興のためにやっていたりする。日本では分けて考えられていることが、くっついて考えられていたりもする。

そう考えるとやはり、今必要なのは、ある種の専門性を越えたつながりをつくるということなわけです。そのつながりによって、商業もしくは個人制作含め、今まで惰性的につくり上げられていたかもしれない日本のマンガ・アニメ産業の状況や制作環境について「これからは、こうしたらいいよね」と進歩的な新しいことを考える第一歩となる場所をつくる、それが『IMART』の目的でもあります。制作をしている人とビジネスを担っている人は、普段なかなか顔を合わせることがないのですが、そういった人たちをつなぐことによって化学反応がおきたり、未来の大ヒット作や新しい流通の形が誕生する可能性のある場所、本当に未来を産み出しうる場所に『IMART』をしたいという想いがあります。

—『IMART』では3日間にわたって、さまざまなトーク・セッションが行われますが、土居さんとしてのおすすめをあげるとしたら、どれになりますか?

土居  どのトーク・セッションも面白いと思うのですが、僕が担当しているアニメーション分野のものでは、「国際性」が隠れたテーマになっています。海外のロジックを理解して、それとどう付き合っていけるのか。ひとつ目のおすすめは、2日目(11月16日(土))18時から行われるトーク・セッション「映画祭はいかに活用しうるのか? アヌシーの事例から」ですね。フランスのアヌシー国際アニメーション映画祭というアニメーションの分野では一番大きな映画祭があるのですが、これは芸術性だけでなく産業振興、さらにはアニメーションを文化として継続させていくことも深く考えられた映画祭で。こういった映画祭が現在のアニメーション・シーンをどのように捉えているのかを知ることができると思います。個人作家にとってはもちろん、いまでは日本アニメやハリウッドにとってさえ重要な場になっています。そういった映画祭という場の現在を知ることができます。

もうひとつは、同じく2日目15時30分から行われる「世界のアニメーション教育の今——フランス・ゴブランの場合」です。フランスのゴブラン・アニメーション・スクールというのは、作家性の強い作品をつくるだけでなく、ハリウッドなどの商業作品の中枢に関わるような世界的な人材を輩出している、ある意味で芸術性と商業性をいかに融合させるかを考えている教育機関で、そのアニメーション学科長を招いてのセッションです。この2つのトーク・セッションから、いかにフランスではアニメーションが官民一体となって制作されているのが見えてくる部分もあると思います。ゴブランは今年Netflixとの連携を発表して話題になりましたが、Netflixからも担当者をお迎えしてディスカッションに参加していただきます。

—「フランス」と「アニメーション」という組み合わせ自体がなんだか意外に思えますが、フランスのアニメーションの現場は日本と様子が異なるのでしょうか?

土居  フランスはいま、ユニークな海外長編作品を次々に生み出す場として注目を集めています。ヨーロッパ圏で作られる作品のクレジットを見ると、どれもフランスの資本が入っていたり。これはフランスが国をあげてアニメーションをひとつの文化として捉えて、政府としてお金を投入しているからです。日本だといまだに、アニメーション制作に公的なお金が入ることを好ましく思わない風潮があるくらいに官民の間の距離が離れていますが、フランスにおいては逆なんですね。密着することで、勢いのある作品が生まれている。

日本とアメリカは公のお金を必要とせずにアニメーション産業が成立してきた歴史があります。しかし、世界的に見るとそういう場所はむしろマイノリティに近い。マーケットの論理だけに委ねてしまうと、これらのアニメーション大国の作品ばかりがもてはやされ、自国のマーケットや産業が小さいままで、自国の才能が育たないという状況が起こってくる。そこでフランス政府は自国のアニメーション文化に対してお金を投資することでサポートをしていて、それによってアーティストが手厚い保護を受けたり、商業的な長編アニメーション作品でもかなりの部分の予算を助成金で補うことができたりと、アニメーションのつくり手の金銭的なリスクを少なくすることが行われています。それによって、リスクのある挑戦、オリジナリティのある表現がしやすくなる。結果として、ユニークな作品が生まれて注目を浴び、それに惹かれた海外の作り手たちを引き寄せられたりもする。海外の作家が監督の作品でも助成金が出たりもする。

僕は日本のアニメーション作家の作品をフランスとの国際共同製作で作る仕事もしているのですが、アニメーションを作る人は「アーティスト」としてみなされて、芸術家に対する支援を受けられる。たとえば、作家やアニメーターはスタジオの仕事を2〜3ヶ月すれば、残りの9〜10ヶ月は自分のプロジェクトだったり、安い賃金でも自分が面白いと感じるプロジェクトに参加することができるくらいに、失業保険が手厚かったり。しかも対象はフランス国籍の人間に限らないので、国際的に才能ある作家もフランスを拠点に制作を始めたりする。その結果としてフランスのアニメーションのつくり手は、フランスに集まってくる世界中の才能を持った人材と一緒に仕事ができて、どんどんと技量が上がっていくし、それが産業にも活かされていく。

—なんだか驚くほど日本と状況が違いますね!

土居  ここ最近、フランスのスタジオと一緒に仕事をする機会が増えているのですが、もう本当にびっくりすることだらけですよ(笑)。もちろんフランスの制度にもマイナスな側面はあるのですが、この官民一体となったフランスのありかたをケース・スタディとして考えてみると、日本にとっても良い勉強の材料になると思います。官庁の人もそうだし、アニメーション分野のクリエイターやビジネスに関わる人にとっても、今後のひとつの指針になっていくのではないかと思いますね。

—正直『IMART』はマンガ・アニメの専門的な知識がないと難しそうなイメージを抱いていたのですが、土居さんの話を聞いて、そこまで知識がなくても十分に楽しめるように思えてきました。

土居 専門性の高いプロジェクトではあるのですが、マンガ・アニメに興味があれば絶対にワクワクできるような話がたくさん聞けて楽しめると思うので、中高生とかにも来て欲しいですよね。

—なんとなしに『IMART』に参加したり『マンガ・アニメ3.0』の記事を読んだことをきっかけに「マンガやアニメの見方が一変した!」という人も続出しそうです。

土居 それこそクリエイターの方が『IMART』に来て「実はビジネスのほうが向いているのでは?」とか「活動の場を日本に限る必要はないよな」と自分自身の適性を新しく発見したり、これまで自分の中になかった引き出しを受け取ったりすることもあると思います。

歴史を踏まえた上で何かを発展させるとき、どこかで「型破り」なことも必要になってくる。でも、そもそも、豊島区はトキワ荘があった場所であり、トキワ荘そのものがマンガだけでなくアニメにおける型破りな出来事が起きていった場所だったりする。『IMART』はそういった型破りな出来事をもう一回起こすことを考えてみるプロジェクトでもあると僕は思っていて。それこそ現代版トキワ荘として、それぞれのセッションがトキワ荘のひとつひとつの部屋みたいに機能して、そこからものすごいものが育っていくようなイメージですね。


文・林みき
写真・林亮太